転がる石はまろくなる。

オンボロと小自然と。

田中一村展と「豊かな心」

田中一村展を昨日、見に行った。「奄美の光 魂の絵画」ということだったが、奄美大島で描かれた最晩年の作品より「第2章:千葉時代「一村」誕生」の作品のが個人的には気に入った。
とりわけ、
No.93「水辺夕景」(昭和27年頃・43-44歳、栃木県立美術館蔵)
がとても良かった。夕景の静けさをきれいに描く画家だなあと思った。
でも多分、一村本人としてはこうした作品より独自の境地に到達した奄美時代の作品などを評価してもらいたいかなとも思った。
「水辺夕景」はとてもいい絵なんだけど、一村はこれを全力で描いてはいない気がする。ちょっと力を抜いているというか、ゆったりした時間の流れのなかで「さらっと」描いたような感じというか。
「ガツガツ」してないのがいい、っていうか。
絵を一通り見終わった後、東京都美術館のサイトに掲載された展覧会の説明文を改めて読むと、なんかちょっと違うんじゃないか、っていうか。
はたして一村は「自らの芸術の探究に生涯を捧げた」のだろうかとか。
「世俗的な栄達とは無縁な中で、全身全霊をかけて「描くこと」に取り組んだ一村の生涯は、「不屈の情熱の軌跡」といえるもの」だったのかなあとか。
奄美時代の全身全霊モードは明白だったけど、僕としては、
芸術においては全力が必ずしも効果的とは限らない。
と感じ、僕も(絵はまったく描けないけど)表現者の一人として、それを心に刻み込もうと思った。
展覧会はたいへんに面白く、エネルギーをもらった有意義な時間を過ごすことができた。
ところで、これまで僕がお会いした軍人ご遺族のなかに「日本は花鳥風月の国だから」とおっしゃった方がいて、それが今でも心に残っている。この国は文化芸術が得意分野なのだから、そこにもっともっと力を注いでいくべきだと思う。
先日刊行された共著『「昭和天皇拝謁記」を読む─象徴天皇制への道』(岩波書店)で、拝謁記を書き遺した初代宮内庁長官田島道治が「豊かな心」を大事にしていることを書いた(256頁)。心を豊かにするにはいろいろな道があるけど、こうして文化芸術にふれることもその一つ。
いま日本は(日本だけではないけど)「貧しい時代」に向かっているように感じる今日この頃。世界中の人々がスマホを持つ時代には平準化が進み、これまで豊かさを享受してきた世代からバトンタッチした僕らの世代にはかつての豊かさの再来は望めない。でもそんな時代だからこそ「心豊か」に生きることが求められていて、こうした「豊かな」展覧会が今後もどんどんと開催されていくことを願っている。
※自分でも支離滅裂な文章に思ったけどとりあえず公開しとく。