コロナ禍マッチポンプ説

安倍首相の辞任会見以後、各社報道に占めるコロナ報道が際立って減った。ちょうど第二波が落ち着いているタイミングだったこともあるのだろうし、各社とも、いつまでこの調子でコロナ報道を続ければいいのか、やめ時を図っているタイミングだったのかもしれない。各社報道で一番威張っている政治部が、久しぶりに張り切っているのだろうから、自然、社会部その他はおとなしくなる。

コロナ禍とは、メディア各社が新型コロナウィルスを「びっくり仰天ニュース」としてお茶の間にばら撒き、驚いた視聴者・読者が大騒ぎをし、それを受けたメディア各社がさらに大騒ぎをし、さらに驚いた視聴者・読者がもっと大騒ぎをするという、メディア各社と視聴者・読者共犯のマッチポンプであったか。

一気にこう騒ぎが鎮火すると、そう思いたくなる。

追記:8月20日付のメモに「いま、伝えなければいけないことは何か。知りたいこと、知らせるべきこと」とある。これはコロナのニュース報道についての批判を書いたもの。視聴者・読者が知りたいことと、報道が知らせるべきこととは違う。知らせるべきこと=伝えなければいけないことについての自覚が報道に圧倒的に足りなかったと思っている。報道各社は少なくとも結果的に「コロナ炎上」に積極加担した。最初はまだそれでも仕方なかったかもしれないが、知見が蓄積された後も同じことしてどーする。彼らがすべきなのは日々の感染者数(←不正確な表現をいつまでも使っているが正しくはPCR検査で陽性者と判定された数)を伝えることだったのか。視聴者・読者をビビらせ社会を「自粛」に追い込み必要以上にストレスフルかつ経済疲弊な状況を生み出すことだったのか。正しい現状分析とそれに基づく行動指針の提示をすべきだったのにそれをしなかった報道各社の責任は重大で、コロナ禍はマスメディアによる人災だったと思っている。それを統括して次につなげられればいいがおそらくそうはならないだろう。

意外と豊かな埼玉メシ

埼玉県は観光資源に乏しい。ざっくり言って川越と長瀞秩父だけ。繁華街も大宮、浦和と限られている。だから、県内の飲食店は「一見さん」の観光客向けにイメージで売ってがっぽり稼ぐことはできず、ほぼ住民だけを相手に商売することになる。リピーターを獲得しないとやっていけない。

埼玉県内の大半の飲食店はリピーターで支えられている。渋谷あたりにあるようなイメージ倒れのまずい店では立ち行かない。だから、意外とおいしい店が多い。ウチからクルマで30分以内、東西南北どこに向かってもおいしい店がある。立地はあまり関係なく、むしろ駅から離れたところのほうが良いお店がある。お値段もリーズナブル。在宅で埼玉のランチ生活に慣れてしまうと、たまに都内に出たときなど、昼飯はかなり悲しいことになる。

それに、埼玉は野菜の生産が盛んで首都圏の食を支えているといってもいい程だから、野菜にも恵まれている。近くにある農家の直売所で、新鮮な野菜が手に入る。野菜はともかくフレッシュに限る。枝豆なんて、地元のフレッシュなのを一度食べてみたらわかる。

というわけで、おいしいものが食べたかったら埼玉は良いところ。

庭仕事を楽しめない日々

雨ばかりの梅雨から、一転して猛暑の夏。こうなると、庭で畑の手入れだとか、クルマいじりだとかを楽しめない。メダカの世話などは毎朝30分ぐらいやってるが、それが限界。ポンコツドミンゴは各所不具合を抱えつつ、今日もノーメンテで走るのだ。大丈夫だろうか。

無理をしない夏。

梅雨明けして4日目の今日、あやうく熱中症で倒れるところだった(倒れてはいない)。

そろそろ、外出時のマスクが辛くなってきた。

忙しい日々が続くけど、今年の夏は、無理をしないことにする。

ウチの庭はマジだらけ。

ウチの小さな庭には、ちょっとした野菜を育ててる畑や、メダカたちの池(といっても本当の池ではなくて睡蓮鉢その他)がある。

メダカ池の底の泥をときどきすくってタライに移しているんだけど、気づいたらタライにもメダカの稚魚が泳いでいる。しかもかなり大量。泥の中に卵があるからだと思う。稚魚はどんどん育つんだけど、その中に、やたらと巨大に育ったやつがいる。たぶんやつは他の稚魚を食べている。でなければあんなに大きく育たない。時間をかけた格闘の末、そいつを一番大きなメダカのみの睡蓮鉢に移した。メダカがメダカを食べてしまうという現実。

いっぽう別のタライでは、ヤゴの殻の隣に脱皮したトンボがホテイ草につかまってじっとしていた。死んでるのかと思ってつついたら生きてたのでそのまま数日放置したが、結局どうも脱皮後の何かが駄目だったらしくて死んでしまった。庭の土の上に葬ってあげたら、次の日には羽根しか残ってなかった。きっとアリに食べられたのだろう。きっとヤゴ時代にはタライのメダカ稚魚をたらふく食べていたのに違いないから、せっかくなら飛び立ってほしかった。

稚魚が育つプラ舟などでは、何匹かのオタマジャクシも稚魚に交じって泳いでいる。オタマジャクシはもっぱら壁のミドリモを主食にしているようで、へばりついて熱心に食べている。メダカ池には大小さまざまなカエルも勝手に住み着いていて、畑や通路にも小さなカエルがぴょんぴょん飛び回ったりしている。

そんなこんなで、庭はいろんな生で賑やかだが、同時に死も満ちている。命というのはそういうことなのだ。庭の命は、ぴょんぴょん、スイスイと元気に動き回っているが、彼らはマジで懸命に生き延びている。

それを見て、ぼくも負けずに生き延びようと思う。

「緊急事態宣言」疲れ?

緊急事態宣言が解除されてからもう10日以上が経つ。町や人が次第に正常化し、休業していた店も徐々に再開している。…ここにきて、なんだか、どっと疲れが出た気がする。ってことは、緊張を強いられていたんだろうなあ。

それにしても政府や専門家会議は緊急事態宣言の効果や、得られた知見についてちゃんと公表しただろうか。

あ、専門家会議っていうけどさ、感染症の専門家のなかに「新型コロナウィルス」の専門家って、いたんだっけ???

たのしいこと/きれいごと

コロナで、楽しいことが減った。緊急事態宣言解除で楽しみなことは増えたけど。

いっぽう、キレイごとが増えた。ステイホームなんて、もともと好きな人以外は所詮イヤイヤじゃん。もともと好きな人だって、限度があるし。それを、楽しく過ごそうとキレイごとを言う。

うわついた、表面だけを飾った、中身のない言説がひしめいた。嘘を嘘と言わずに飲み込まなければならない状況は、もしかしたら、外出できない物理的苦痛よりもずっと苦しい。直観的にそう感じている若い子は、多いんじゃないか。

つまり、若い子たちにとって今回の騒動は、大人が、楽しみを剥奪し、代わりに嘘をおしつけてきた、無意味なクソ騒ぎになる。

それにしても下記ニュース、扱いが小さすぎないか。

新型コロナウイルス対策として、多くの自治体で続いた学校の休校や保育施設の休園について、日本小児科学会が「感染防止効果は乏しい一方、子どもの心身に及ぼすデメリットが大きい」などとする報告をまとめた。同会の予防接種・感染症対策委員会が、国内外での感染事例や論文などを分析した。
取りまとめに関わった長崎大学の森内浩幸教授は「情報が少なかった当初の休校措置を否定するものではない」としながらも、今後、再び休校などが検討される場合には「子どもや保護者に及ぼした影響も考慮し、慎重に判断すべきだ」とする。
報告によると、子どもが感染した場合、多くは経過観察や対症療法で十分な軽症だった。その上で、インフルエンザと異なり、学校や保育施設で子どもが感染源となった集団感染はほとんどなく、子どもの感染例は親から感染したケースが大半だと指摘している。
〔略〕「子どもたちにとってはウイルスが直接もたらす影響より、休校措置などによる健康被害が大きくなりかねない」と指摘している。」
~「コロナ休校「感染防止の効果薄」 小児科学会「心身へのデメリット大きい」朝日新聞2020年5月28日朝刊」