転がる石はまろくなる。

オンボロと小自然と。

たぬきうどんが食べたい。

タイトルのまんまで、特に深い意味はありません。

ここんとこ、たぬきうどんにハマっています。あ、関西の人にはわかんないかな、かけうどんに天かすとか乗ってるやつ。

えっと、うどんとかそばって、上京してから立ち食い系で覚えたクチなんで、基本的に軽んじてたというか、時間のないときにささっと食べるものだと思ってた。で、とりわけうどんについては、単なる小麦粉じゃんって思ってたフシがあり。。。

が、なんだろうなあ。昼においしいたぬきうどん。これがいいんだ最近。

決定的だったのが、近所の某そば屋のたぬきうどん。あ、ここ埼玉では、そば屋と言いながら、そばとうどんの両方出している店がけっこうあり、そばもうどんも両方おいしい店は珍しくないんだけど、ここのたぬきうどん、天かすが別皿で出てくるんだよなあ。これがいい。僕は天かすのパリパリ食感が好きなので、まずは少々うどんにかけて、天かすを味わう。そいからうどんを食べ、つゆをすすり、残りの天かすをかけて、またパリパリを味わう。最高。

昨日そこで昼飯食べようと思ったんだけど、臨時休業でがっかり。

たかがたぬきうどん、されどたぬきうどん

飲食業を犠牲にして僕らだけ生き残るなんて。

※追記:続きはこちらに書きました→急所について仮説:多くの人の外出行動は適切だが、ごく一部の人の不適切な行動が現在の感染拡大を招いている。

今回の緊急事態宣言で政府・行政は僕らに飲食店でのランチも自粛しろと言う。夜8時以降の営業自粛には僅かな補償を出すが、ランチは補償されない。昼間に店を開けても閑古鳥。泣くに泣けない。

それは、コロナ克服という国民全体の利益のために、飲食業という一部の国民を犠牲にする、全体のために一部が犠牲になってもかまわないという発想だ。政府・行政はすべての国民、すべての市民を幸せにする気がないらしい。戦時中に若者を特攻で犠牲にして生き残った大人と同じ発想だ。

そんな馬鹿なことがあるか。僕らは誰かが犠牲になって達成される幸せで納得できるのか。納得できない。

みんなで生き残るんだ。政府・行政は、昼間の人出も抑えたいなら、飲食業に対しその分の補償も充分に行うべきだ。それができないのなら、昼間の人出を抑制すべきではない。

コロナ感染抑止の肝は人出の抑制ではなく接触回数の抑制だ。ランチ自粛ではなくランチ会食の自粛だ。一人でのランチ、同居家族とのランチは感染リスクは少ないから、むしろ積極的に奨励すべきだ。

何が良くて何が駄目か、そんな基本的なアナウンスすらも政府・行政はろくにせず、ただ外出は控えろと、お前らこの一年いったい何を学習してきたのだ。

ひょっとして、政府・行政のお偉いさんはランチはみんなで食べるものと勘違いしてるのか。永田町ランチはそうなのか。永田町界隈はそんなランチでいまだに賑わってるのか。

僕らは違う。お前らと違ってすでに感染リスクの低い外食のとり方を知っている。

もし本当に外食自体を抑制したいなら、外食のCMを全部止めさせろ。そしたら民放は収入減でニュース番組も続けられなくなるかもしれないが、政府・行政が求めているのはそういうことではないのか。人にできもしないことを要求しておいて、ああ自分はこんなに言ったのに応えてくれない、ああ自分は悪くないなどと嘆いてみせるのは、無責任だ。それが大人のやることか。政府も行政も専門家もメディアも、責任ある立場なはずの大人が、無責任だ。

すべてのひとが救われなければならない。いつも僕を幸せな気分にしてくれるお店の方たちも当然救われなければならない。

だから僕は昼は外で食べる。なじみのお店で食べる。

ぼくは間違っている。

正月に近所の神社でおみくじをひいたら、こう書いてあった。

このみくじにあう人は
道に迷ってやがて本道へ出るように
いろいろ思い違いや間違いがあるが
自分のあやまちを知り
これを改め
神仏を信じ
心を正せば
やがて幸せは来る

そうか、ぼくは今、間違っているんだと思い、いったい何を間違えているんだろうと考えたが、わからなかった。

が、

ぼくは間違っている。

と考えることで、謙虚な気持ちになる。他人の指摘を受け入れる気になる一方で、他人の間違いを糾弾する気がなくなる。だって、間違ってる身だもんね。

自分が間違っていると、誰かに迷惑をかけるような気もするけど、できるだけ間違えないように努力するってことで、お互い様で大目に見てもらいたい。

なんしろ間違ってるんで、自分に対する要求レベルが低くなって、楽になる気がする。

振り返ってみれば、とりわけ20代のぼくは間違えまくっていた。それから年齢と経験を重ね、かなり常識的なオトナになってきたのだが、どうもその重ねてきたものがカサブタみたいに邪魔にもなってきた。

いくら年齢と経験を重ねたところで、ひとは常に間違っている。間違っているというところをデフォルトに、日々を過ごしていこうと思う。

末吉のおみくじ、ありがとう。

そうだ自分の言葉で語ろう。

「おかあさん」じゃなかった、石田ゆり子さんはこう書いた

自分の頭で考えて
自分の言葉で喋ること。
そんな当たり前のことを
今の世の中は
忘れがちな気がする。
個としてしっかり自分の足で立っていたいものです。

 渡辺京二氏も先日のオンライン講演会で、自分の言葉を使うことの大切さを語っていた。

語っているのはいつも自分自身なのだけど、それでも自分の言葉で語るのは難しい。難しいけど、自分の言葉で語ろう、責任をもって。

根っこさえ残ってれば再生できる。

冬の季節、うちの畑はかなりみっともないことになってる。ネギもミツバも霜にやられたか、くたくただ。

でも、植物は根っこさえ残ってれば、春になればまた元気に復活する。

ぼくら人間も、根っこさえ残ってれば、時が来れば再生できるんじゃないか。見た目はくたくたでも、腐らずに時を待とう。

…と思ったのは、部屋のテーブルヤシ、植替で根っこを痛めてしまったようで、かなり枯れてしまったのだ。根っこさえ残ってれば、いいのだが。

晩秋のちんまりとした休日。

おとといの土曜日。風もなく、ぬくぬくとした穏やかな日。
今日はちんまり過ごそうと決めた。
午前中は庭で。ずいぶん前に買った九条細ネギのポット2つを畑に定植する。根をできるだけ切らずに1本づつ分けるのが大変で長らく放置していた。水につけ、少しづつ土を、根をバラしていく。1時間ぐらいかかっただろうか。それを畑に一列に並べて土をかけ、ワラでマルチングをする。
庭のメダカはそろそろエサやりを控える時期だが、今日は水温10度ぐらいと高く、水面を元気に泳いでいたのでエサをやったらわりと食べた。池の水温は最高気温ではなく最低気温にリンクする。来週は最低気温がぐっと下がる予報になっているから、そうするとメダカはエサを食べなくなり、春先まで底にかくれてじっと過ごすようになる。ぼくにとってはそれが冬の到来。秋は実質今日までかな。
昼になり車で出かける。ちんまりと食べられるのはどこかなと考えて、市内のそば屋にした。そばがおいしい店だけど、うどんもある。ちんまりとうどんを食べよう。2時のオーダーストップに近い時間に入ったのだが、店内には意外とお客さんが何組もいた。座った席はまだ片付けの途中だったらしく、おばさんが机を消毒液で拭きながら、消毒なんて嫌な時代だねえと言う。そうですねえと答える。
たぬきうどんを注文してしばらく待っているうちに、あれ、たぬきそばって言わなかったかなあと思い始めた。時々、心に考えていることと、口に出すことが違うことがある。以前、人にコピーを頼んだときA4と言ったつもりがA3と言ったらしくA3コピーが出てきてびっくりしたことがある。無事にたぬきうどんが来て、ほっとした。
天かすが好きで、丸亀製麺などではセルフのネギと天かすを山盛りにして食べるのが常なのだが、ここのたぬきは天かすが別皿でついててうれしい。パリパリの天かすが食べられる。最初にちょっと天かすをかけてレンゲですくって食べる。うまい。うどんもうまい。さらにサービスで野菜の天ぷらを3つつけてくれた。うれしい。天ぷらをつゆにつけて食べる。うまい。こういうささやかなうまさで僕は日々生かされているから、飲食店従業員の皆さんには感謝しかない。
そば屋を出て、隣町の魚屋に行く。自宅奥の小屋にご主人ひとりで切り盛りしている、小さな魚屋だ。珍しく先客がいて、狭い店内が賑わっている。おさかなのマリネをまず手にとり、めひかりの干物も買い、刺身も3点買う。
いったん自宅に戻って買った品を冷蔵庫に入れ、ふたたび車で小さな喫茶店へ。特等席の窓際には座れなかったが、窓の外が眺められる席に案内された。外は森の中のような景色。コーヒーが何種類かあるうち、モカと迷った挙句キリマンジャロを頼む。この店は83度でコーヒーを淹れると以前聞いた。落ち着いた味だ。
それからスーパーの駐車場に車を停め、向かいの焼き鳥屋さんで焼き鳥を5点注文する。ここは高齢のおばさんが一人で営んでいる、焼だんごと焼き鳥の小さな店だ。スーパーで酒を買い、焼き鳥をとりにいったら、わたし注文を間違えたかしらとおばさんが不安そうにしていた。大丈夫です、頼んだのはこの5点で、塩味ですと言うとほっとしていた。歳をとると、そういうこともあります。
日没とともに帰宅、買ったばかりの焼き鳥と、おさかなのマリネでテレビのバラエティ再放送を見ながら一人飲みをはじめる。
歳をとり、若い頃のように放っといても年中元気というわけにはいかなくなった。体調の維持はもちろんだが、メンタルの維持が大事な年頃。こじんまりと、心を激しく動かさずに過ごせた一日だった。

なぜ世情が豹変したのか(乖離する政治、報道)

昨日、近所のレストランで昼食をとった。家族経営の小さなレストランは満席で、外で景色を眺めながらしばらく待った。職場仲間らしい若い6人組の会食が出て、やっと席につくことができた。僕の後ろはスポーツクラブの帰りらしいおばさん6人組だった。店内には賑やかなおしゃべりで満ちていた。

今年の4月、5月頃には考えられない状況だった。どこの飲食店も閑散としていたし、大人数の会食など見かけなかったし、皆ひそひそと小声で話をしていた。

世情があの頃とまるで変わってしまったのだと実感した。「自粛警察」などというワードが飛び交ったあの頃とは。

何故なのだろう。

コロナの感染者数はあの頃よりもずっと多い。専門家らは悲鳴のような訴えをしているし、政府や自治体も呼びかけているのに、世情の反応は極めて鈍い。多くの人が、一応マスクをしている。マスクだけはしている。各所に設置された消毒液を使う人は減った。電車に乗るとあちこちで喋り声が聞こえる。しかもずっと喋っている。

そして、この世情を、新聞もニュース番組も伝えていない。記者はたぶん実感として感じているのだろうが、それを言語化できていない。世の中に起きている大事なことを伝えるのが彼らの仕事のはずなのだが。

いちばん理解できないのは、なぜ世情がこんなに豹変してしまったかだ。自粛警察時代は戦時中に似た実感があってこの国はちっとも変ってないと妙に納得できたのだが、現況には納得できない。

なんで皆変わってしまったのだ??