「緊急事態宣言」疲れ?

緊急事態宣言が解除されてからもう10日以上が経つ。町や人が次第に正常化し、休業していた店も徐々に再開している。…ここにきて、なんだか、どっと疲れが出た気がする。ってことは、緊張を強いられていたんだろうなあ。 それにしても政府や専門家会議は緊…

たのしいこと/きれいごと

コロナで、楽しいことが減った。緊急事態宣言解除で楽しみなことは増えたけど。 いっぽう、キレイごとが増えた。ステイホームなんて、もともと好きな人以外は所詮イヤイヤじゃん。もともと好きな人だって、限度があるし。それを、楽しく過ごそうとキレイごと…

「機能的な庭」について。

うちの狭い庭は、どう見ても見栄えが悪い。あちこちにバケツとか何とかいろんなものがあるし、雑草が生え放題に見えるし。 雑草は、ぼくなりに時々抜いたり刈ったりはしている。でも基本的にはあまり手をつけない。雑草だって花が咲けばチョウチョがやってく…

僕ら自身が終息しないために。

在宅勤務で昼飯を食べに外に出たら、なじみのお店があっちでもこっちでも休業に次ぐ休業で、悲しいというか怒りのような感情がこみあげてきた。 ぼくの行く店はだいたいが家族経営や小さな企業経営。大規模チェーン店にはお金を吸い取られたくないと思ってい…

ニュース・情報バラエティ番組、いっそカラーバー化したら

緊急事態宣言で、なじみのお店が休業してしまうと悲しい。ここは都内ではないし人との距離はずいぶんとあるし飲み屋ではないしランチを食べる静かなお店だったのに。家にいましょうと言われる前から家にいて在宅勤務が基本だが一日一度は外に出ないとメンタ…

誰が新しい風を吹かすのか。

75年前の敗戦時、日本中の人たちはどんな思いで焼け野原に立っていたのだろうか。『敗北を抱きしめて』(ジョン・ダワー)では「虚脱」とした。いっぽう、当時中学生だったある人は「虚脱なんて言ってる場合じゃなかった」と回想するから、実態は様々だっ…

どうでもいいものが吹っ飛んでいく。

近所の学校で行われた卒業式の話。無駄な来賓とか無くなり、先生や生徒、保護者らの心がこもった、簡素だけど感動的で、とても良い式だったと聞いた。新型コロナウィルス感染症拡大が社会に甚大な影響を与えている中で卒業式を行うには、普段以上の苦労とと…

うまい!

昼食に「うまい!」ものを食べるのが喜びだ。とりわけ、何もない田舎で家族が静かに営むお店で「うまい!」ものを食べられると、この上ない幸せだ。 ここ埼玉の近所には、そんな店が各所にある。ということは、全国至るところにそんな店があるのだろう。 僕…

どうしようもない大人は恥でも役に立つ。

振り返ると、案外と「どうしようもない大人」の存在に助けられて生きてこれたように思う。 大学に入って上京し、僕はしばらくの間、「サウンド・ニュース」の編集部に出入りしていた。バイトで行ってたとかじゃなく、ただ編集部に遊びに行っていたんだけど、…

各地のラーメン屋が案外と旨くない件。

いろんなとこでラーメンを食べていて、気づきつつあることには、イケてる感じの今風ラーメン屋は数多あれど、実際食べてみると案外イケてない、という事実。 仕事柄、飛び回るという程ではないけど、あちこちの知らない町に行くことは多い。で、いまどきの駅…

車輪と道路というインフラを超えて

地上を生きる動物にとって、現代人間社会に欠かせない車輪と道路は非情な存在だ。道路を横断中に車輪に轢かれて命を失った動物は有史以来数知れず、また、道路を敷設することによって生命の源だった土壌はアスファルトに覆われて死んだ。 地上数メートルほど…

埼玉は、いいところだ。

なんといっても埼玉の一番いいところは、全国屈指の「ゆるさ」にあると僕は思う。映画「翔んで埼玉」は、埼玉の「ゆるさ」なしにはありえない。よそ者をよそ者扱いしない田舎って、埼玉以外にどこかあるだろうか。いろんなルーツを持つ人たちが、何気なく雑…

生きるのが大変な子どもたちへ。未来は君たちのものだ。生き残れ!

子ども時代は、時に過酷だ。そのことを全く理解できない大人も多いだろうが、ぼくにとって子ども時代は過酷だったから、ぼくなりに理解できる。50歳を過ぎた今から振り返れば、今ぼくが背負っているものなんて、子ども時代からすれば、鼻歌楽勝レベルにす…

こんな孫が欲しい。

こんな彼女が欲しい。↓こんな嫁が欲しい。↓こんな娘が欲しい。↓こんな嫁(息子に)が欲しい。↓こんな孫が欲しい。 と、おじさんは次第に老化していく。

おっさんの完全な休日。

金曜の帰り、JR有楽町駅の混雑は尋常じゃなかった。ホームが一杯で階段でしばらく立ち往生、やっとホームに出てもやってきた京浜東北線には乗れず、次の山手線にも乗れず、さらにまた次の京浜東北線にはなんとか乗れたが、ぎゅうぎゅう詰めでなかなか扉が閉…

全身で生きる、ということ。

これは昨夜、急に思い浮かび、メモしたフレーズ。 全力で生きる、ではないし、全身全霊で生きる、でもない。僕が敬愛する、居酒屋探訪の太田和彦さん。街を歩き、街を感じ、店や酒や料理を五感で味わう。全身で生きている。 生き物の基本は、全身で生きるこ…

小さな暮らし。

いい天気だ。11月もなかば過ぎだから晩秋なんだけど、空はよく晴れて、暖かい。日を浴びて、近所をしばらく歩く。 庭のメダカの世話は毎朝の日課だ。越冬が難しそうなチビはこの時期、室内の水槽に移す。引越し作業は先日やったところだが、移しそこねていた…

「何もしない老人たち」が、これからの日本を変えていく。

大きな仕事がひと段落しつつあって、こころの余裕がやっと生まれてきた気がする。毎朝の庭作業が日課なのだけど、ゆっくりと見渡すと、これまでスルーしていたことに気づくことができるようになってきた。今朝は、道端に生えてた草木を切った。多少、通りや…

まろくなりたい。

ブログタイトルを「転がる石はまろくなる。」とした。 一年前、たまたま訪れた妻沼小学校でこんな校則を見つけた。以後、まろくなろうと心がけて生きているつもりなのだけれど、なかなか、修行が足りない。 「まろく」って何だと思ったら、「温かく柔らな人…